177-衆-決算行政監視委員会-3号 平成23年04月27日

○新藤委員長 これより質疑に入ります。
 きょうの委員会は、今まさに住田先生がおっしゃったマルチコミュニケーションをやろうと。通常ですと、参考人と政府とは別々の質疑を行うわけでございますが、このたびは御一緒になっていただいて、委員の皆さんから双方に、参考人と政府、事業者それぞれに御質問ができるように、こういう形をとらせていただきました。
 そして、その質疑をした後に、今度は全委員の皆様に参加をいただいて、自由討議という形で、これは時間の制限をいたしますけれども、質疑を聞いた中から、さらに委員の皆さんからも政府、参考人に質問していただく、こういう時間も、最後の三十分でございますが、とってあります。
 今、いろいろ具体的な提案もございました。参考人の方々からお話があったこと、政府がやっていることと相反するところもございます。そういったものを、では一体どちらが正しい方向なんだということがきょうの議論の中で少しでも見えてくればいいな、こういう思いで私どもは委員会を開催させていただいておりますので、ぜひよろしくお願いしたいというふうに思います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。太田和美君。

○太田委員 民主党の太田和美でございます。
 改めて、参考人の皆様方に、本日はお忙しい中お集まりをいただきまして、心から感謝、御礼を申し上げたいと思います。
 また、福島県民の一人として、この間の大震災に関しまして多くの皆様から御支援をいただいておりますことに、この場をおかりして厚く御礼を申し上げます。
 さて、東京電力福島第一原子力発電所で発生した重大事態について、福島県民は筆舌に尽くしがたい犠牲と負担を強いられています。発生以来、放射能という見えない恐怖におびえ、行方不明になっている身内の安否も確認できず、自宅にも戻れない避難区域の住民の苦しみは言うまでもなく、風評被害や汚染に関する差別などは到底看過できないものでございます。
 見えないものは放射能だけではなく、私にとっては、総理のリーダーシップも見えない、そのように感じているところでございます。
 そこで、率直に申し上げて、今回の原子力災害は、政府の対応が後手に回るなど人災の側面が余りにも大きいと私は個人的に感じておりますが、参考人の皆様方はどう率直にお感じになられているのか、お尋ねをしたいと思います。
 また、本日は、せっかく原子力発電の御専門の方々をわざわざお招きしておりますので、まず、第一原発の一号機から四号機までの現状を踏まえて、今後起こり得る最悪の事態についてお示しをしていただきたい、そのように思います。そして、そのことを防ぐ手だてとして、どういうリスク管理があるのか、どうお考えになられているのかということをあわせてお尋ねしたいと思います。松浦さんから順次お願いしたいと思います。

○松浦参考人 今回の事故に対して政府の対応がどうであったか、どう考えるかという御質問だと伺います。
 先ほど私も申しましたように、こういう事故が起こった場合には原子力災害対策マニュアルに応じて動くべきでありますが、これは、もちろんその事故に応じて順次柔軟に対応すべきものであります。
 しかしながら、今回の事故を見ておりまして、私どもには、以前私は原子力安全委員会におりましたが、今は別の組織でありまして、直接つながりがございませんので情報は特に伺えません。我々が目にするのは新聞報道ないしは原子力安全・保安院の出されるホームページのデータあるいは記者会見等であります。それを見ておりますと、本当に技術レベルの高い人々によって知見が集合されて、それによって中心部の本部で指示がつくられるのか、そこがよくわかりませんでした。
 どう考えても、一番あそこの原子炉をよく知っている人々がすぐ集められたか。例えば、あの原子炉をつくった人々はまだ、もちろん東京電力にはおられませんけれども、元気で働いておられる方がたくさんおられますので、そういう方々を急遽呼び集めて、そしてその知見に基づいて助言をして、それによって本部のリーダーが意思決定する、あるいは指示する、そういう仕組みであるべきだったわけですが、どうも、いろいろ伺っているところでは、技術者としての考え方が政治家としての本部の人々の考え方と合わないと、技術者の考え方がどうしても十分に取り上げられないということが多いというふうに伺うことが何度かございました。
 そのあたり、今後の事故後の調査では、こういう災害に対して技術的知見、技術的意見と政治的考え方、意見がどう使用されるべきものか、それがやはり一つの重要なポイントになるのではないかと思っております。
 以上です。

○佐藤参考人 ただいまの松浦先生の御見解に全く賛成でありますけれども、私の方からも一つ、二つ、つけ加えておきたいと思います。
 特にこのような複雑な事象は、時間がたてばたつほど複雑になってきます。その場合に、今どういう状態にあるのだろう、これからどうなっていくのだろうということを予想することは、ぴたりと当てることはできません、的中はできません。ですから、必ずその場合の予想はオーバーコールになるかアンダーコールになります。
 今回を見ておりますと、極端にアンダーコールが多かった、オーバーコールをするのを恐れる余りに、つまり過小側に発表していたというふうに見受けられます。これは、最初のレベル4の発表からそうだった。あのような事態で、明らかにスリーマイルよりも悪い条件になっているわけですけれども、それがスリーマイルアイランド並みというふうに報道されたあたりにも、その辺があったというふうに感じております。
 それから、対策が、事故があってから関係者を集める、これでは遅いんです。このような、三十分、一時間で刻々と変わるような事故の場合に、それから人を集めるのでは、もう全然遅いんです。先ほども言いましたように、アメリカの場合には、二十四時間、そこにいるんですね。いつ起こっても対応できるような専門家がその場にいるんです。基本的に対策というのはそういうものでなければならない、特にこういう原子炉事故の場合は。発生してから、だれが専門家だということで集めるのでは、もう全然遅いというふうな印象がありました。
 以上でございます。

○住田参考人 年寄りというのは古い話しかしないものだと言われそうなんですけれども、ジェー・シー・オーのときの私の経験をちょっと申し上げたいと思うんです。
 事故が起こりましたのは、ちょうど十一時半ごろというか、午前中でございましたけれども、私どもに実際の連絡が入ったのが約二時間後ぐらいでございまして、そのときに、当時の委員長であった佐藤一男さんとか我々委員が異口同音に言ったことは、緊急助言組織というのがちょうど発足したところでございまして、九月に発足したところだったものですから、それをすぐ集めましょうということで、手配してくださいと事務局に申し上げました。
 そうしたら、事務局が、何とうれしいことに、もう全部の委員の方の所在を確かめておりまして、だから、事故が起こった瞬間に、彼らはもう動き出していたんだと思うんです。それで、私たちの手元に、××委員は京都の方だけれども今はもう東京に委員会でいますとか、××委員は海外に駐在、そういう状態で、必要な人間の所在が全部確かめられておりまして、すぐ招集をかけてもらいました。大体二、三時間ぐらいで全部集まりまして、これはプレスの要望がありまして、公開でやれということだったものですから、そうしますと、プレス側の方が人数がそろわないものですから、余り早くやられたら困るということがあって、我々は非公開で先に委員会を発足いたしまして、もう議論を始めました。
 ですから、正式の記録では、午後六時に開始して、その中で私の派遣が決まって、七時に東海村へ向かったと書いてありますけれども、実際にはもう二時か三時ごろに、さっきのSPEEDIの計算結果も来ておりましたし、全部が来ておった、そういう状況であります。
 それから、私が東海村へ到着いたしました九時過ぎでございますけれども、七時ごろに東京を出て、九時過ぎになりましたが、私が到着しましたときには、私が着いたテーブルの上には、当時の日本原子力研究所、たまたま松浦さんが理事長でおられたわけですけれども、それから、やはり関係のあります動力炉開発事業団その他からの、自分たちがやられた計算結果とか、そういうものが全部、もう机の上に来ていたわけですよ。それから、私がこういう人に相談したいと思ったような人が、全部もうテーブルの前に座っていてくれたわけですね。
 要するに、原子力コミュニティー全体が、もうこれは大変なことだ、だから今何をしなきゃいけないかということを、だれかが呼び集めるのではなくて、もう自発的に皆始めて、それの結果が結集していたと。ですから、私は、はっきり言って、よく言うんですけれども、私、司令官なんか務められません、ただ、いろいろな意見があるからそれを調整して、調整した以上は、責任がありますから、嫌なところは逃げるわけにいかないので、一番最後の苦しいところは自分がやりましたということをよく申し上げるんです。
 ですから、そういうふうに、組織というのは、確かに今、佐藤さんがおっしゃったように、アレンジされておらなきゃいけなかったと思うんですけれども、やはりそこで働いている人の心意気といいますか、そういうものが物すごく大きく響くんですね。
 今回の場合は、もちろん、地震が発生しました。交通機関もとまりました。ですから、恐らく、例えば原子力安全委員会が緊急助言組織の人を招集しても、多分集まらなかっただろうと思います。でも、それはそうなんですけれども、つかさつかさで、それぞれの方が本気になって、その気になって、前へ前へ出て何かやってくださっているんだったら、もうちょっと何とかなったんじゃないかなという、これは年寄りの繰り言として聞き流していただいても結構でございますけれども、私は少なくともそういう恵まれた条件のもとに仕事をさせていただきました。十何年たったから、そんなに変わっているはずはないと私は思いたいのでありますが。
 以上であります。

○太田委員 ありがとうございます。松浦さんの御意見に私も全く同感でございます。
 続いて、松浦さんの方にちょっとお尋ねをしたいんですけれども、今回災害は、政府としても過小評価、そしてまた過信があったのではないかな、そのように思っております。
 次に、工程表のことについて御意見をお伺いしたいんですけれども、評価できるところ、そして問題だと思われるところ。特に、格納容器を水で満たして冷却する水棺方式を今検討しているということでございますが、地震や爆発によって傷めつけられているであろう格納容器が耐えられるのかどうか。冷却効果としてもそれほど効果がないということも、松浦さんも先ほど御指摘されていたと思います。この方式の評価について、率直に、例えば点数をつけると何点ぐらいか、この工程表についてお伺いしたいと思います。

○松浦参考人 非常にお答えするのに難しい御質問でございます。
 まず、冷やし方でありますけれども、これは明らかに、今どれだけの熱量を冷やさないといけないかというのは恐らく計算でかなりわかっているはずだと思います。これは、どれだけ核分裂をしたものがそこにあるかということから、非常に正確にはわからないにしても、けたが間違うようなことはまずあり得ないと思います。そうしますと、どれくらいの熱を取らないといけないというのはわかっておりまして、そして、今また炉心が大体どういう状態にあるか、例えば一号炉ですと、中にまだ溶けた状態で二千数百度にあるものがどのくらいあろうかとか、あるいはその他の周りとしてどのくらいの熱を発しているか、そういうことはおおよその見当はついているんだろうと思います。
 そうしますと、どれだけ水を入れて、どれだけ熱を取らないといけないというのはわかっているわけでありまして、今のやり方は、ほとんど温度が変わっておりませんので、多分発生する熱は取れている、こういうふうに理解しますが、より冷やしていくためにはより効果的に熱を取らないといけない。そうしますと、もともとあった熱交換器を経ての循環型のループで取るというのが一番いいわけでありますが、現場の様子からそれは非常に難しいのではないかと予想されます。これは現場の方はよくわかると思います。
 そうだとしますと、付加的にそういうものを、それほど大きな設備でなくていいと思いますので、その熱量から計算して、可能な施設をつけて冷やすという方向も並行にするべきではないかというふうに思います。そのためにも、現場の作業環境をよくするというのがもう避けられないことだと思います。
 それから、全体としてどのくらいの年数がかかるか。これは、私も時々そういうことを聞かれますけれども、今のところでは、私には、非常にはっきりとこのくらいでいけるでしょうというような予想はなかなか明確に申し上げる能力がありませんが、しかし、今、東京電力さんが出されているあのスケジュールがどのくらいの内容をお考えの上で出されたか存じませんけれども、私にはもう少し時間がかかるのではないかと思わざるを得ません。
 ああいう汚染した場所での作業、それから放射線の被曝管理をしながらの作業でありますので、なれた人が続けてやるという作業ではありません。交代しながらやるようになりますので、作業自身もそれほど効率的にできない。そういうような状況を考えますと、かなり、こんなにもかかるのかと思えるぐらいの時間がかかると思った方が、今後の長期戦には耐えやすいのではないかと思います。

○太田委員 ありがとうございます。
 今回、工程表を出したのは一定の評価ができるというふうに思います。
 政府の方にお願いをしたいのが、今回の工程表というのは最善のシナリオだと思うんですね。最悪のシナリオと、そして中ぐらいのシナリオ、この三つのシナリオを出すべきだというふうに思いますので、これは強く要望としてお訴えをさせていただきたいと思います。
 少し時間がなくなってきましたので、原子力安全委員会の班目さんの方にちょっとお伺いをしたいんですけれども、先日、計画避難区域が新たに設定されて、三十キロ圏外でも、飯舘村や川俣町の一部の方々らは今後泣く泣く避難していただくということになりました。この計画避難区域というのは、安全のために避難していただくというのが、年間二十ミリシーベルト以上の放射線を浴びる可能性のある地域ですよね。
 福島県で県内の学校の放射線を調査しました。県内で十三校が、年間二十ミリシーベルト以上の放射線を浴びる可能性があることがわかりました。私の地元事務所のすぐ目と鼻の先にある郡山市立薫小学校は、この十三校のうちの一つになりました。ここは第一発電所から六十キロ近く離れております。つまり、十三校というのは計画避難区域になるのではないでしょうか、御所見をお伺いしたいと思います。

○班目参考人 まず、二十ミリシーベルトという値についてちょっと御答弁させていただきます。
 二十ミリシーベルトという値は、それによって直ちに健康被害が出る値ではないということはまず御承知おきいただきたいと思います。
 しかしながら、先ほど佐藤さんがおっしゃったように、こういう場合は、ALARAと申しまして、アズ・ロー・アズ・リーズナブリー・アチーバブル、とにかく実行可能な手段はありとあらゆるものを用いて被曝線量は下げなければいけない、この精神にのっとっているものでございます。
 したがいまして、学校については、とりあえず再開するのは構わないけれども、そのままずっと一年何もしないでいいというふうには安全委員会の方では考えておりませんで、ぜひしっかりモニタリングをして、場合によっては対処手段も考える、そういう条件で学校の再開というのはして結構ですというふうにこちらからは助言した次第でございます。


○太田委員 そこにずっといては危険だから、残りたいというお年寄りも計画避難区域になっているわけですよね。しかし一方では、片や同じ二十ミリ超の地域でも、父母からは学童疎開が必要だという悲痛な声すら上がっております。校庭にいるのを一日一時間に制限すれば学校で授業を受けても大丈夫ですよと文科省は言っておりますが、私は、これは非常に矛盾しているのではないかなというふうに思っているところでございます。
 これまで、人工放射線で一般人が浴びていいのが一ミリシーベルトということとされておったはずだと思います。それが突然二十倍に緩和されたということで、しかも大人と子供では放射線に対する感受性が違うはずなのに同じになっていることに、地元の父母の間では不安が非常に高まっております。体外被曝が二十ミリということですが、体内被曝も同様にカウントしなければいけないはずです。そこはどうなっているのか。
 また、労働安全衛生法では、三カ月につき一・三ミリシーベルトを超えるおそれがある区域を管理区域というふうに定めております。放射能の危険から守るために、事業者には個別被曝管理を義務づけておりますよね。この法律の論理からいくと、学校にも黄色いマークを張りつけなければいけないんじゃないか、そういう不安が非常にあるんです。
 子供たちの健康は本当に大丈夫なのか。保護者の方たちが安心できる、わかりやすい説明をお願いいたします。時間がないので短目にお願いします。

○渡辺政府参考人 では、簡単に御説明申し上げます。
 まず、学校の基準における二十ミリシーベルトの考え方でございますが、学校に通うというのは、いわゆる事故が起こった後の復興期の第一歩でございますので、復興段階における一般公衆が受ける被曝線量の参考レベルとして、国際放射線防護委員会、ICRPは一から二十ミリシーベルトという値を適用しているところでございます。この参考レベルは大人も子供も含めた一般公衆全体に対するものでございますので、それを用いているところでございます。
 それから、管理区域の話がございましたが、放射線管理区域というのは、放射線従事者が大きな被曝を受けないように、一定のレベル以上は放射線の管理を始めてくださいという設定がございます。その始めてくださいというレベルが先ほどおっしゃったレベルということは御理解いただければと思います。

○太田委員 まだ安心できるような御説明だというふうにはちょっと思えないんですけれども、せめて、私がお願いしたいのは、即刻学校の除染をしてほしい、そのように思っております。先ほど班目委員長も言っておりましたけれども、少なくとも被曝線量を最低限に抑えていく、この努力をしていかなければいけないというのは、安全委員会の方でも助言として行っているはずだというふうに思います。
 郡山市では、五センチ程度の表土を除去する対策を実施することに決定をいたしました。対象は、地上一センチの地点から、数値が、小学校では毎時三・八マイクロシーベルト、保育所では三・〇マイクロシーベルト、保育所は低年齢を考慮して決めたそうです。また、屋外活動を制限する必要がない小中学校でも、屋外活動は一日一時間、部活動は一日二時間以内とするということを決めました。さらに、全校で、窓ガラスや昇降口、建物の周辺を、先生や保護者、そして地域住民の皆さんの協力を得て行うことを決めました。
 この取り組みについて、班目委員長、どういうふうに思いますか。お願いいたします。

○班目参考人 先ほども申し上げましたように、ALARAの精神、アズ・ロー・アズ・リーズナブリー・アチーバブルという観点からは、すべてしかるべき処置だろうと思っております。
 実際の処置としてどういうことを行うかというと、これは、各地方自治体であるとか、あるいは責任主体の責任でやっていただきたいものでございますが、一番大切なのは、きちんとモニタリングする、ちゃんとはかっていくということが大切でございますので、その結果がまた出てきたところで安全委員会としては意見を述べさせていただきたいというふうに考えているところでございます。

○太田委員 委員長、夏休みが終わってからとかいうのではなく、今すぐです。子供の学校はもう今始まっているんです。新学期が始まっているんですね。今すぐグラウンドの土を入れかえたり、施設の除染をするという、最大限の子供の安全を考えてほしい、そのように思っております。
 今の御発言からすると、この郡山市の取り組みを一定の評価をしていただけているというふうに、お墨をつけていただいたものだというふうに私は受けとめさせていただきます。
 今回、原子力災害というのは、そもそも国策で進めてきた国の責任があるはずです。ですから、私は、国としてできる限りのことをしていただきたい。土壌入れかえなど、無論、全額国費でお願いをしたいというふうに強くお願いをしたいというふうに思います。
 そしてもう一つ、これから窓があけられないということが予測されますので、梅雨どきに向けてエアコンの設置の要望も地方自治体から上がってきております。先日、委員長もおっしゃっておられましたけれども、スクール・ニューディールという形で、学校の上に太陽光パネルを敷いてエアコンを設置するのはどうかというような御提案は私は非常にすばらしいというふうに思っておりますので、子供たちの安全をやはり最大限に考えたときに、このような対策を検討していただきたいというふうに思いますが、いかがでしょうか。

○班目参考人 原子力安全委員会としては、個別の行政処置については助言しかできない立場でございますが、アズ・ロー・アズ・リーズナブリー・アチーバブルということからは、そのような方向も検討されてしかるべきだというふうには思います。

○太田委員 ありがとうございます。
 ちょっと時間がなくなってきてしまって、本来であれば、せっかく専門家の皆様にお集まりをいただきましたので、本当は今までの原子力政策の検証とかこれからの原子力政策のあり方について私は深く議論したかったんですが、ちょっと時間となってしまいまして、ぜひまた機会をよろしくお願いしたいというふうに思います。
 何よりも、目の前の国民の不安を払拭することがやはり大事だというふうに思っておりますので、これからもさまざまな御進言を政府の方によろしくお願いを申し上げまして、私の方からの質問を終わりにさせていただきたいと思います。ありがとうございました。

○新藤委員長 太田和美君の質疑は終了しました。